第一コリント9章

第一コリント9章16節
 「というのは、私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。
  そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。
  もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいだ。」

  パウロは主から異邦人への宣教の命令を受けたので、ひたすらそれに専念しました。
  多くの人を救いへと導きましたが、それを誇ることはありませんでした。
  私はどうでしょう?教会へ友人を誘うことの重要さを理解してはいますが、
  それを誇ってはいないでしょうか?教会でよく人を誘ってくるね、と言われると
  誇らしい気分になっていないでしょうか。イエス様の愛を伝えることはその愛を
  頂いている者として当然です。たとえ使徒として主に任命されていなくても、
  これは私たちクリスチャンの義務なのです。だとすれば、他人がそれをしていない
  からといって高慢になるのではなく、あくまで自分の務めとして他人はどうであれ
  果たさなければなりません。救ってくださるのは主です。私はただ教会に案内し、
  主が私にしてくださったことを証しすることだけしかできません。その人が救われるかは
  主のなさる技です。それを誇ることはできません。私の技ではないからです。
  どうかこの自分を誇りたい気持ちを抑えることができますように。そしてこれからも
  主に仕える者として、当然の義務として福音を伝えることができますように!!
  Praise the Lord!!